芦沢央さん著『悪いものが、来ませんように』。
作品を読んだあなたはこの仕掛けを見破ることができたでしょうか。
私は「何かあるな」という違和感を持ちながらも、真相が明らかになるまでその正体にはたどり着けませんでした。
また、女性が体験することが多いだろう様々な感情描写には、特に男性読者は女性への理解に役立った方もいれば、読み物として退屈に感じた方もいそうですね。
この記事ではトリック部分を中心に、作品をもう少し深堀りしていきたいと思います。
ご注意:
この記事は作品の詳細な内容を含んでおり、重要なプロットのポイントや物語の結末について言及しています。未読の方はくれぐれもご注意ください。
『悪いものが、来ませんように』主な登場人物
- 柏木 奈津子 (かしわぎ なつこ)
- 49歳既婚女性。美容専門学校に通うも在学中に妊娠し退学。現在はボランティア活動に参加している。
小さい頃はピアニストを夢見ていた。母親の過干渉が性格形成に影響を与え、自己評価が低い。
母親を反面教師としながら自分の娘には接していた。
- 49歳既婚女性。美容専門学校に通うも在学中に妊娠し退学。現在はボランティア活動に参加している。
- 庵原 紗英 (いはら さえ)
- 30歳既婚女性。短大卒業後、父親のコネで地元の新聞社に入社するも、4年間で退職。その後はいくつかのアルバイトを転々とした。
現在は助産院のスタッフとして働いているが、助産師の資格は持っていない。
結婚して3年以上経つが子供を授かっておらず、夫の浮気にも悩んでいる。
自由で器用な性格だが、被害者意識が強いところがある。
- 30歳既婚女性。短大卒業後、父親のコネで地元の新聞社に入社するも、4年間で退職。その後はいくつかのアルバイトを転々とした。
- 庵原 大志 (いはら だいし)
- 紗英の夫。銀行員。職場の女性と浮気をしている模様
- 紗英の夫。銀行員。職場の女性と浮気をしている模様
- 柏木 貴雄 (かしわぎ たかお)
- 奈津子の夫。東京生まれ筑波大学出身。ジャーナリスト。
- 奈津子の夫。東京生まれ筑波大学出身。ジャーナリスト。
- 坂井 鞠絵 (さかい まりえ)
- 紗英の妹。既婚。娘は梨里。中津川助産院で助産師として働いている。
- 紗英の妹。既婚。娘は梨里。中津川助産院で助産師として働いている。
年齢誤認の叙述トリックに関する伏線やミスリード

『悪いものが、来ませんように』の大きな特徴の一つが年齢誤認の叙述トリックです。
奈津子と紗英は昔から仲の良い友達のように描かれていましたが、実は親子でしたーというもの。
紗英と鞠絵は奈津子の娘で、世話をしていた梨里は鞠絵の娘です。
騙されるポイントとしてはまず「なっちゃん」呼び。
奈津子の娘である紗英と鞠絵は、奈津子を教育方針により大人になっても「なっちゃん」と呼んでいます。
子供が親を愛称で呼ぶことは現代では決して珍しいものではないですが、やはり文字で見てる上ではあまり親子同士とは考えないでしょうね。
その他いくつか伏線やミスリード、ヒントなどをまとめてみました。
梨里は4歳
梨里は物語の中でずっと奈津子の娘のように描かれてきました。
実際には梨里は鞠絵の娘で、奈津子から見れば孫にあたります。
奈津子は貴雄と付き合い始めて半年で妊娠。それを期に美容専門学校を辞めて出産しています。
高校卒業後ストレートに専門学校に入ったのなら、20歳くらいには紗英を産んでいることになります。
奈津子がもし紗英と同じ30歳であれば、梨里を20代半ばで産んだことになりますが、梨里の年齢と出産時期が一致しません。
関係性までは確定できませんが、なにかおかしい事には気づけるところですね。
ただ、貴雄に対して「昔から一度だってオムツを替えたことはない。」と言っています。
4歳の娘に対して「昔から」というのはやや不自然で、梨里の前に産んだ子供いる可能性もあるのかなと思っていました。
ということであれば出産時期が一致しないのもわかります。
結局梨里以外の子供がいる描写はなかったので、「昔から」というのは普通に紗英や鞠絵のことということでした。
梨里の父親
梨里が父親に買ってもらったプレゼントを奈津子に見せるシーン。
奈津子の視点から描かれる地の文では、貴雄のことは基本的に「夫」または「貴雄」と呼んでいます。
しかしこの場面では「梨里の父親」という表現が使われていました。
これは貴雄を指すと誤認としてしまいますが、実際は名前も出てこない鞠絵の夫のこと。
梨里を迂回した目線と考えればそれほど変でもないんですが、一応チェックポイントという感じ。
さらにこの描写のあとに[柏木貴雄の証言]セクションに移行するので、自然なつながりで違和感が緩和されていました。
5人の子供
紗英が小学生のころにお絵かき教室の先生の自宅に遊びに行く電車内での出来事を思い出すシーン。
ここでは紗英を含めて子供が5人いたらしいですが、名前が出てくるのは、紗英、孝介、隆久、琴音、そして奈津子。
奈津子は子供たち引率し注意する立場の大人。
つまり名前も描写も出てこないもう一人の子供いたということです。
これはちょっとずるいと思いましたねー。
読んでいるときにしっかり確認したところだったので。
宮野靖子の証言では、奈津子は勉強もできてしっかりしたいい子と言っていて、そのすぐ後のセクションでの描写なので、同年代でも毅然と注意するようなイメージもわきやすいです。
お揃いのブランケットとワンピース
序盤で奈津子と紗英がお揃いのブランケットを持っているという描写があり、中盤で庵原和子が紗英と大志の結婚の際の両家の顔合わせの様子を語った際に「親子でお揃いのワンピースで来た」と述べています。
友達同士お揃いのアイテムを持つことはよくあると思いますが、両家の顔合わせで親子でお揃いのワンピースは確かにやばい。
やばいのは置いとくとして、紗英と母親はとても仲が良かったことはわかります。
紗英と奈津子、紗英と母親、お揃いのアイテム。関係性を示す伏線でした。
柏木貴雄はジャーナリスト
柏木貴雄の証言で貴雄はジャーナリストであることが語られ、その後の紗英の回想や黒川敦美の証言にて、紗英は短大卒業後に父のコネで地元の新聞社に就職していることがわかります。
ジャーナリスト → 新聞社 → 紗英の就職。
紗英の父親が貴雄である可能性に気づけるポイントです。
個人的には一番わかりやすかったところかなと思います。
事件の全貌と隠された真相

表向きの水戸市婿殺し遺棄事件
物語の中心には、紗英の夫である大志が殺害され、その遺体を遺棄されるという事件があります。
奈津子は紗英の家を覗き見している際に、大志が不倫相手と子供ができたことを白状するところを目撃してしまします。
この出来事が奈津子の中に殺意を芽生えさせました。「娘を守るため」という一心で行動を起こします。
紗英が外出したタイミングを見計らって大志のもとを訪れ、不倫について詰め寄りますが、大志に覗き見をしていたことを気付かれてしまいます。
紗英に覗きがバレることを恐れた奈津子は、口封じのために蕎麦アレルギーを持つ大志に蕎麦湯入りの麦茶を飲ませます。
大志は苦しみ始めますが、奈津子は救急車を呼ぶことなく、そのまま見殺しに。
奈津子は大志の遺体を処理するため、知人から福祉車両を借りて山中に遺棄し、その後、家族の目を盗んで夜中に遺体を埋めました。
表面的には、奈津子が冷酷に計画を遂行したかのように見えますが、実際には異なる真相が隠されていました。
真相
奈津子が警察に対して述べた内容は、実際の事実とは異なっていました。
奈津子は紗英をかばうために嘘をついていたのです。
蕎麦湯入りの麦茶を作ったのは奈津子ではなく、紗英。
紗英が出かける前に作った麦茶が原因で大志がアナフィラキシーショックを起こしたのです。
消防指令センターに記録は残ってしまったが、紗英がやったことがバレるの恐れ、奈津子は救急車を呼ぶことを思いとどまりました。
大志が蕎麦アレルギーということ知らない奈津子は、除草剤が麦茶に混入されたと思い込み「証拠」として回収。
その後死体を遺棄。
事件の発覚後、奈津子は「紗英が私のことをかばうような発言をしたとしても、それは嘘です」と発言し、紗英がいつか真実を自白したときのために予防線まで張っていました。
奈津子は最後まで娘を守るために自分を犠牲にする覚悟を見せていました。
奈津子と紗英に見る現代の親子関係

『悪いものが、来ませんように』は、一卵性母娘の関係性を現代的なテーマとして描き出した作品です。
この物語の中で、母親である奈津子と娘である紗英の関係は非常に密接で、友人や姉妹のような振る舞いが見受けられます。
一卵性母娘とは、同世代の友人や姉妹のように振る舞う親子のことを指します。
かつては母親から娘への一方通行だった情報の流れが、今では双方向となり、服の流行を共有したり、イベントに一緒に参加したりなど、友達のような母娘は少なくありません。
男であればマザコンとか呼ばれて批判されたり、気持ち悪がられたりしますが、こと母娘の場合はポジティブなイメージがあります。
仲がいいのは良いことですし、親子間の絆は深まりますが、一方で、共依存の関係が強化されるリスクも伴います。
鞠絵は否定していましたが、奈津子と紗英の関係は一卵性母娘の典型的な例です。
奈津子は「母」になりきれず、紗英も母親から卒業できないまま、二人はお互いにとって最も信頼できる存在となっています。
この過剰な親密さは一見理想的な関係のように見えるかもしれませんが、実際にはお互いの成長を妨げる要因となっています。
現代社会では、一卵性母娘の関係に対する見方が二分されています。
肯定的な意見としては、母親が娘をサポートし、家事や育児の負担を軽減する構図が評価されることがあります。
また、母娘で旅行に行ったり、一緒にイベントを楽しむことが親孝行とされることも多いです。
一方、否定的な意見としては、過剰な依存関係が問題視されることがあります。
例えば、成人した娘が母親の影響から抜け出せず、経済的・精神的に実家に依存し続けるケースや、母親が娘の結婚生活に干渉し過ぎて夫婦関係が悪化するケースが増えています。
「母娘カプセル」とも呼ばれ、二人だけの閉じた関係が形成される現象です。
奈津子と紗英の関係は、深い絆で結ばれている一方で、その過剰な親密さがさまざまな問題を引き起こしています。
共依存の危うさと、適切な距離感の重要性が強調されており、現代の親子関係に一石を投じる作品となっています。
『悪いものが、来ませんように』ネタバレ感想
最初の方の話の内容が少し分かりづらく感じました。
全体的に何かはっきりしない違和感は感じていましたが、それとは別に物語がふわっとした印象で、何が起こっているのかを把握するのに少し時間がかかりましたね。
まず事件について。
大志が何を飲んだかは明確にはわからなかったものの、苦しんでいる最中の奈津子の反応やその後の行動から、奈津子が直接殺したのではないだろうと感じてました。
例えば「人が一人死んでいるのに」という表現もどこか他人事のようで、自分がやったならもっと能動的な表現になりそう。
その後も奈津子の言動が、自分が犯人だというよりもどこか遠回りな言い方が多かったことから、紗英が未必の故意で結果的に大志を死なせてしまい、それを隠そうとしたのではないかという予想が一つ。
奈津子が紗英の家に入ってから何かを作っている様子が描かれていなかったので、もし演出として省略されていたならばストレートに奈津子が犯人?という予想もありました。
結果的には前者。真相がわかった時それほどやられた感はなかったです。
犯人(死体遺棄者)としての奈津子の思考はそのリアルな感じがして良かったです。
少し冗長にも思えましたが情景の描写も詳しく、状況が鮮明にイメージできました。
叙述トリックについて。
母子と明かされた時は驚きよりも納得感が強かったですね。あと違和感が一掃されたような爽快さもありました。
振り返ってみると関係性を隠す手法に色々な工夫がみられて面白かったです。上手いなと思いました。
奈津子と紗英の関係について。
親子だと分かるまでは、なぜこの二人がお互いにここまで入れ込んでいるのか不思議に思っていました。
親子だと明かされた後はその関係に納得した部分もありましたが、それでも理解が及ばない点も多かったですね。
仲が良いのは良いことですが、やはり程度の問題です。
私の親族にもすごく仲の良い母娘がいますが、やはり友達という感じはせず、母と子の垣根はあります。
作中では貴雄が奈津子とその母・幸代の二人の生活を精神的虐待ともいえる状況だったと言っています。
奈津子はそれを反面教師としていたつもりでしたが、結果としては自分の理想や願望を紗英に押し付けていたんでしょうね。
子供ができないを悩みは、多くの人が密かに抱える問題だと思います。
私の知り合いにも同じ悩みを抱えている人がいました。その人は年齢もあってかなり焦っていました。
男には体験できないことですが、最近はそういうことにも気遣える人は増えてきたんじゃないでしょうか。どうでしょうか。
奈津子がそれを知らずにあっけらかんと「子どもを産むことが女の一番の幸せ」と言ってしまうのはなんともデリカシーがない。
今どき仲の良い友達同士でもそういったセリフには気を遣います。
そして奈津子が娘の家をこっそり覗くという行動もさすがに気持ちが悪い。
「私の、かわいい紗英。」「──あの男さえいなければ。」怖い。
殻を破ろうとしている娘、泣く母。うーんなんとも尾を引く後味。
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