小説『水族館の殺人』ネタバレ解説考察|アリバイ崩しの妙技と物語の真相

aquarium_murder_withspoilers 小説 – ネタバレ解説考察

青崎有吾さんの『水族館の殺人』は、地元の水族館で起きた殺人事件を舞台に、裏染天馬が事件の真相に迫る物語です。
11人の容疑者全員に確固たるアリバイがあるという、読者にとっても挑戦的な設定が特徴です。

物語の核心に迫りつつ、事件の解決に至る過程について詳しく解説し、考察していきます。

ご注意:
この記事は作品の詳細な内容を含んでおり、重要なプロットのポイントや物語の結末について言及しています。未読の方はくれぐれもご注意ください。

『水族館の殺人』登場人物

  • 裏染 天馬 (うらぞめ てんま)
    1. 風ヶ丘高校の2年生。校内の百人一首研究会の部室に無断で住み着く問題児で、アニメや漫画が大好きな駄目人間。細身の体格で長い前髪と眠たげな二重まぶたが特徴的。自由奔放な性格ながら驚異的な推理力を発揮し、事件解決に大きく貢献する。

  • 袴田 柚乃 (はかまだ ゆの)
    1. 風ヶ丘高校1年生で、女子卓球部に所属するスポーツ少女。セミロングの黒い髪と子供っぽい顔立ち、華奢な体つきが特徴で、文学少女のような雰囲気を持ちながらも、スポーツに打ち込む活発な一面も。刑事の兄、袴田優作の影響もあり、なんやかんやで裏染とともに事件に関わる。

『水族館の殺人』事件の概要と推理 – 11人の容疑者

9時50分、飼育日誌の束をもった雨宮がサメ水槽のドアに入っていくのを新聞部たちが目撃。
10時7分、雨宮が水槽に落下します。

雨宮落下時に犯行可能なB棟バックヤードにいた人間は11人。

綾瀬唯子、和泉崇子、代田橋幹夫、芝浦徳郎、滝野智香、大磯快、船見隆弘、津藤次郎、水原暦、緑川光彦、仁科穂波。

しかし各人の証言や目撃情報、カメラ映像から、犯行時刻の10時7分には全員にアリバイがあるという結果になります。

(10時7分にいた場所)
2F事務室:和泉、船見、津、綾瀬
2F西側展示作業室前:滝野、水原
1F調餌室:芝浦、大磯
1F医務室:代田橋、緑川
1F展示スペース側通用口前:仁科

トイレットペーパーのトリック

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キャットウォークの柵の開口部の外側に、濡れてぐちょぐちょになったトイレットペーパーの小さな塊を見つけます。このことから、裏染はトイレットペーパーを使った時間差トリックを思いつきます。

開口部の扉と柵との接点にトイレットペーパーを巻いて画鋲で固定し、雨宮を扉に寄りかからせます。
真上の古いパイプから落ちてくる水滴が徐々にトイレットペーパー濡らし、もろくなって身体を支えきれなくなったら自動的に水槽にダイブするという仕掛けです。

外側に飛んだトイレットペーパーは水に落ち、波に攪拌されてなくなります。
キャットウォーク内に不自然に撒かれた書類と水は、トイレットペーパーが内側に残った場合にそれを隠すためのものでした。

このトリックにより、雨宮が落下した10時7分のアリバイは意味を成さなくなり、改めて11人全員が容疑者となります。

また、共犯者がいればこんなトリックを仕掛ける必要がなく、単独犯であると結論付けます。

バケツの水に混じった血の正体

犯人は犯行後、モップとバケツを持っていました。

バケツには水に血が混じった痕跡と思われる弱いルミノール反応があり、血が残っていた裏側を除いて血液反応はありません。
モップは撚り糸の部分以外からは血液は検出されず、 水で洗われた状態でロッカーに戻されていました。
水の出ない水道横には、血を洗い流す前のモップが置かれた跡があります。

バケツから漏れた水滴には、流し台に辿り着く途中から血が混じっているので、モップ以外の何かを洗ったものと思われます。
ではバケツの中の血は何だったのでしょうか。

服に血がついた?
服を洗って濡れているのをごまかすのは難しく、事務員はそれぞれ違うシャツを着ており替えもありません。
飼育員は予備の黄色いポロシャツに着替えられますが、男女の更衣室には血を洗った痕跡はなく、他にシャツがある一階の倉庫も誰も出入りしていません。
館長室、医務室にも服はなく、服に血がついて着替えたという可能性は否定されます。

ゴム長靴は裏に血の跡がついたままで、他の部分にも血液反応はありません。

ゴム手袋であればバケツの持ち手にルミノール反応ないのはおかしく、これも否定。
水滴の大きさから、バケツの持ち手を持って移動したのは間違いなく、持ち手にはゴム手袋で握った跡もあります。

これで現場から見つかった証拠品の可能性は消え、残るは犯人自身の持ち物ということになります。


①大量の血が付着するほどの面積を持っており、
②殺人現場に持ち込むほど犯人が日常的に身に着けているもので、
③水に濡らしてもあまり痕跡が目立たず、
④わざわざ手に持つ必要がないもの、もしくはポケットに入るほど柔軟性があるもので、
⑤現場を離れて少し経つまで、そこに血がついていることに気がつけないようなもの。

水族館の殺人

この条件を満たすものは、飼育員が腰に挟んでいるタオルです。

犯人は水道の真横の大きな鏡を見て、タオルに血がついていることに気が付きます。
その場で床に置いたバケツの水にタオルを沈め、流し台まで持っていきました。
途中から水滴に血が混じっていたのはこのためです。

そしてモップとトイレットペーパーを置いてタオルを洗います。
血の付いたモップを置いた跡、ゴム手袋のルミノール反応はこの時もの。

カムフラージュのためモップを洗い、使った道具の処理をして東側の出入り口から立ち去りました。

血のついたタオルの行方と容疑者絞り

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1階2階のキーパースペース、トイレ、事務方の部屋に血液反応が出たタオルはありません。
カメラで見張られていた機械室、倉庫、搬入口、地下の濾過水槽も違います。

残るは男女の更衣室、飼育員室、調餌室。

滝野は雨宮より先に女子更衣室に行っており、その後も事件の時刻まで展示作業室の前で水原と雑談しています。
飼育員室はずっと大磯がおり、途中で芝浦も加わっています。
男子更衣室と飼育員室には各人のアリバイから、事務員がタオルを隠しに行くことはできません。

この時点で事務員がどこかにタオルを隠すことは不可能とわかり、綾瀬、船見、津、水原、緑川は容疑者から除外できます。

船見は書類にコーヒーをこぼしてしまい、10時ちょうどにトイレットペーパーを取りに男子トイレに行っています。
犯人が使った切り取り線のないトイレットペーパーは男子トイレで発見されているので、犯人は10時以降にトイレに入っています。

つまり、10時より前からアリバイのある滝野と、代田橋は除外

タオルの行方は確定できませんが、残りの容疑者は和泉、芝浦、大磯、仁科の4人となりました。

黄色いモップの論理

雨宮はショーの最中に支給品の黄色いバンドの腕時計をしており、おそらくは防水加工をしていました。
しかし、水に落ちた雨宮の腕時計は10時7分で止まっていました。

この気づきから腕時計に注目します。

死の直前に取られた雨宮の写真を見ると、バンドの長さから死亡時に付けていた腕時計とは明らかに違い、犯人によってすり換えられていたと考えられます。

さらに、新品であるはずの黄色い柄のモップの付け根のネジがグラグラと取れかかっており、何か強い衝撃を受けた思われます。

これらの状況を考えると、雨宮は首を切られる前にモップで殴られて気絶させられ、その際に腕時計が壊れたと考えるのが妥当です。

腕時計が止まった時間を本当の犯行時刻と警察が認識してしまうことは十分にありえます。
落下時刻との差を隠すため、犯人は腕時計をすり替えざるを得ませんでした。

雨宮の腕にあった時計は、腕の太さに合うよう余分なバンドが切られていました。つまりは、犯人が普段から使用していたものです。
そしてその時計は、雨宮の細い腕にぴったりとフィットしていました。

犯人は支給品の腕時計を使用し、雨宮のように腕が細い人物です。

仁科は支給品の腕時計ではなく、ミッキーマウスの時計をしていました。
和泉、大磯は腕がかなり太く、これも除外。

よって、最後に残った芝浦が犯人

雨宮の血が検出されたタオルは、調餌室から見つかりました。
また、モップは血の海に押し付け、殴った形跡を目立たないようにしていました。

『水族館の殺人』新キャラクター

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裏染 鏡華
緋天学園中等部3年生で、主人公・裏染天馬の妹。
兄とは対照的に、礼儀正しくしっかりとした性格の持ち主であり、その丁寧な言動が周囲から好印象を持たれています。

外見は全体的に幼さが残り、まつ毛の濃い二重まぶたが特徴的。透き通るように白い肌や清楚な雰囲気も相まって、非常に可憐な少女として描かれていますが、内面には独特な考え方があり、時折突飛な発言をすることも。

風ヶ丘高校から一駅離れた実家に住んでおり、兄・天馬に対しては厳しくも愛情深い態度を見せ、常に気にかけている存在です。

忍切 蝶子
緋天学園高等部の2年生で、関東最強と称される女子卓球部のエース。
長身と美しい顔立ち、そして中性的な魅力を兼ね備え、卓球部の後輩たちから絶大な尊敬と憧れを集めています。

プレースタイルは左利きのカットマンとして、しなやかで鞭のような動きを特徴とし、その実力は全国トップクラス。ユニフォームから伸びる無駄のない脚と堂々たる姿勢はモデルのような美しさを持ち、カリスマ性をさらに引き立てています。

蝶子は風ヶ丘高校の佐川奈緒をライバル視しており、彼女との関係は複雑です。
インタビューで「勝てる自信のない相手」として佐川を挙げる一方で、試合でわざと手を抜くなど挑発的な態度も見せることがあります。

裏染天馬とは中学時代に何らかの関わりがあった様子で、天馬が「世界で三番目に会いたくない相手」と表現するほどの因縁が存在します。

『水族館の殺人』ネタバレ感想レビュー

前作『体育館の殺人』はある程度まで真相に近づけましたが、今回は全然でした。敗北です。
人数も多くて取っ掛かりが見つからなかった感じでしたね。

水族館の従業員がサメに食われるという事件のヤバさに比べ、謎解きの中心はアリバイ崩しという、中々渋いところを突いてきたなという印象です。
論理構成は前作に比べかなり洗練されていたように思います。

キャラクターについては裏染周りが少し掘られましたけど今作ではまだ謎が残りましたね。
文庫版の解説にはキャラクター小説としても言及されていましたが、個人的にはまだ深みは足りません。
以後の作品でどうなるのか楽しみです。

さて、犯人の芝浦の行動に少し疑問に思うところはあったので、負け惜しみに頑張ってケチつけようと思います。

調餌室で見つかったタオルについて。
すでに押収していたものなのか、当日に直接調餌室で見つけたものなのか。

仮に前者ならそれまでに報告が上がっていたはずなので、ここは後者。
後者なら事件から2日もあってなんで処分してないの?って思います。
四六時中監視されていたようには見えませんでした。

水で洗って乾いて時間も経ったタオルなら、皮膚細胞が残っていたとしても劣化していてDNA分析も難しくなります。
なので少なくとも推理の日、このタオルだけで芝浦が犯人とは断定できないと思います。

タオルについては「証拠」「クロです」と言っていたので、物語上は重要な証拠扱いなんですかね。

いずれにしても、読者から見ればタオルは容疑者を絞るために推理で導き出したもので、それなら推理前の「クロです」発言はない方が個人的に好み。
「芝浦自供後に調べたら見つかりました」とか「もう処分した後だった」の方が本当に論理のみで辿り着いた感が出る気がします。

あとは最終的な決め手となった腕時計について。
芝浦としては犯行時刻と発見時刻のずれを気にしてすり替え、結果的にそれが自分を追い詰めることとなりました。

芝浦の腕時計のバンドは腕に合わせて几帳面に切られていましたが、他の容疑者の腕時計はどうだったんだろう。
几帳面に、というくらいだから誰しもがやる行為ではないのでしょう。

アリバイトリックがバレるかもしれないリスクはあるにしても、直接自分に繋がるかもしれないものを残すほうが危険なのでは?と思いました。

もしタオルに完全な証拠能力がなく、腕時計をすり替えなかった場合、容疑者は一人まで絞り込めません。

そもそもよく腕時計の故障に気づいたな、と。
目立つ損傷もなく針が止まっているだけで、持ち物検査で警察にも怪しまれなかったレベルです。

その壊れた腕時計を見たとき、実際の時間とのずれはせいぜい1分2分くらいのもんだと思うんですけど、切羽詰まった状況でなんという冷静さ。

と考えると、推理のためのご都合主義なところは多少あったように思います。

とはいえ、物語上では実際にそういう行動をしているので特に文句はないんですけどね。
次作を読む機会があれば次こそ健闘したいですね。

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