『葉桜の季節に君を想うということ』は、人生の秋を迎えた主人公たちが織りなす、謎と感動の物語です。
自称「何でもやってやろう屋」の成瀬将虎と、彼が救った麻宮さくらという女性の交流を中心に、謎多き蓬萊倶楽部の内偵に挑む姿を描きます。
この記事では彼らの深い絆と挑戦、そして人生の晩年における新たな発見と可能性について掘り下げていきます。
ご注意:
この記事は作品の詳細な内容を含んでおり、重要なプロットのポイントや物語の結末について言及しています。未読の方はくれぐれもご注意ください。
主な登場人物
- 成瀬将虎 (なるせまさとら)- 12月16日生まれの70歳、O型。愛車は1989年式のクラシックなミニ・メイフェア。
 都立青山高校の出身。ジャイアンツのファン。
 かつては新橋の明智探偵事務所で働き、現在は自称「何でもやってやろう屋」。
 セックスと女が好きだが麻宮さくらとは純粋な関係を保つ。久高愛子の要望で蓬萊倶楽部の暗部を探る。
 
- 12月16日生まれの70歳、O型。愛車は1989年式のクラシックなミニ・メイフェア。
- 古屋節子 / 麻宮さくら (ふるやせつこ / あさみやさくら)- 日比谷線広尾駅で自殺を図るが、成瀬に救われる。左目下の泣きぼくろが官能的。
 夫を失い子供も独立し、足立区の都営住宅で3匹の捨て猫と共に年金生活を送っていた。
 しかし消費欲に駆られてしまい、蓬萊倶楽部の餌食になる。
 その結果数千万円の借金を抱え、借金のカタに犯罪に手を染める。
 この過程で久高隆一郎の死にも関与することになる。
 
- 日比谷線広尾駅で自殺を図るが、成瀬に救われる。左目下の泣きぼくろが官能的。
- 芹澤清 (せりざわきよし)- 63歳の青山高校の生徒で成瀬将虎の7歳年下。港区白金台のフィットネスクラブで成瀬と出会う。
 スキンヘッド(禿頭)に極太の眉という外見とは裏腹に小心者。久高愛子への密かな思いを抱えている。
 芹澤の物語は、中高年になっても新しいスタートを切る勇気と、内なる情熱を描く。
 
- 63歳の青山高校の生徒で成瀬将虎の7歳年下。港区白金台のフィットネスクラブで成瀬と出会う。
- 久高愛子 (くだかあいこ)- 港区南麻布の一軒家に住む品のある女性。成瀬の妹、綾乃と同い年で、フィットネスクラブの会員。
 隆一郎の死について蓬萊倶楽部が関与していると疑うが、名誉を損ねることを恐れ警察には報告していない。
 成瀬将虎に蓬萊倶楽部の内偵を依頼する。
 
- 港区南麻布の一軒家に住む品のある女性。成瀬の妹、綾乃と同い年で、フィットネスクラブの会員。
- 安藤士郎 (あんどうしろう)- 茨城の筑波山裏の小村出身の当時72歳。昭和26年に上京資金を得るため墓を掘り返す。
 2年前、成瀬が講師のパソコン教室の生徒で、成績は芳しくなかったが人懐っこい性格で成瀬と親しくなる。
 都会生活ではウィラーヤと偽装結婚し、千絵という子を持つ。千絵の現状を聞き疎遠になり、昨年成瀬の訪問時に自殺。
 肺がんを患いながらも、千絵へ貯金や収入を匿名で送り続けていた。
 
- 茨城の筑波山裏の小村出身の当時72歳。昭和26年に上京資金を得るため墓を掘り返す。
- 時田綾乃 (ときあやの)- 成瀬将虎の2歳年下の妹。
 子供は独立し、夫も亡くなったため現在は成瀬とともに実家暮らし。
 彼女の孫、美波はジャニーズが好きで基本的には礼儀正しい子。
 
- 成瀬将虎の2歳年下の妹。
ざっくり時系列あらすじ
※言及がない限り主語は成瀬
昭和時代の出来事(1950年代)
1950年 (昭和二十五年)
都立青山高校を卒業し、明智探偵事務所で働き始める。
1951年 (昭和二十六年) – 成瀬19歳
05月14日: 安藤が上京を決意。
09月10日: 八尋組の本間が殺される。
09月中旬: 八尋組の若頭補佐・山岸に戸島会の内偵を依頼される。
09月24日: 妹の綾乃と銀座で会い、遺書を渡す。
09月25日: 戸島会の一員となる。
10月 : ヤクザとしての仕事に慣れる。
11月15日: 襲撃事件に遭遇。京を好きになる。
12月07日: 再び襲撃事件に遭う。
12月08日: 世羅の死体が発見される。
12月09日: 世羅の通夜。
12月10日: 世羅の殺害事件を解決。
12月15日: 江幡京が自殺。
12月16日: 成瀬、20歳になる。
その後、探偵事務所を辞めサラリーマンに。
平成時代の出来事(2000年代)
2000年 (平成十二年)
安藤が成瀬に娘・千絵の捜索を依頼。
川崎と名古屋で捜索活動を行う。
清洲で千絵を発見し安藤に報告。以後疎遠に。
2001年 (平成十三年)
11月末頃: 安藤から成瀬に相談の電話。翌日、安藤が自殺しているのを発見。
2002年 (平成十四年) – 成瀬70歳
07月14日: 古屋節子が久高隆一郎に接触。蓬萊倶楽部社員に隆一郎が殺される
08月02日: 広尾駅で麻宮さくら(古屋節子)と出会う。
08月10日: 愛子から蓬萊倶楽部の内偵を依頼される。さくら(節子)と付き合う。
08月16日: 蓬萊倶楽部の場所を突き止めたかに見えたがそこは倉庫だった。
08月24日: 綾乃と無料体験会に乗り込む。本部の情報を入手
08月26日: 恵比寿にある蓬萊倶楽部の本部を発見。
08月27日: さくら(節子)と個室でフグを食べ、その後成瀬のアパートへ行く。
08月28日: キヨシと蓬萊倶楽部の事務所に潜入を開始。
09月06日: これまでの潜入で具体的な成果はなし。
09月13日: さくら(節子)と電話で話すが不機嫌な様子。
09月18日: 蓬萊倶楽部の事務所で村越に拘束されるが、さくら(節子)の助けにより脱出。
10月05日: 腸骨の骨折で療養中。さくら(節子)が男と歩いているところを目撃。
10月06日: 昨日のことを問い詰める。
10月07日: 成瀬とさくら(節子)、公園で話し合い。さくら(節子)から売春と借金についての告白。
10月13日: 久高愛子に会い、蓬萊倶楽部の内偵報告と借金の相談をする。
10月13日: 蓬萊倶楽部の事務所で重要な証拠を発見し、脱出。
10月13日: 成瀬とさくら(節子)の話し合い。お互いネタバラシ。
年齢誤認の叙述トリック

みんな高齢者だからと言って物語の大筋に直接影響を及ぼしたわけではないのですが、やはり葉桜と言えばこれ!という要素です。
高齢者であるにもかかわらず、若々しく活動的な生活を送る登場人物たちを通じて、一般的な「若者と高齢者のイメージ」に挑戦しています。
確かにキヨシのように還暦を迎えた後に高校生として学び直し、さらに大学への進学を目指すというのは簡単ではありませんが、年齢に関係なく夢や目標を追求できるという強力なメッセージでした。
またこのような描写は読者に対して、年齢に対する固定観念を再考させ、年を重ねることの素晴らしさや可能性を再認識させる効果があるとも感じます。
年齢誤認のミスリード
『葉桜の季節に君を想うということ』では、年齢を巧みに誤認させるトリックが作品の魅力を一層引き立てています。
登場人物たちの細やかな描写で若々しい印象を与えられていたので、実際の年齢が判明したときは驚きましたね。
下記は若者を思わせる一例です。
成瀬将虎
成瀬についてはもう初っ端からですね。
女性とセックスが好きというのは一般的に若い人に期待される特性ですし、六つに割れた腹筋やベンチプレスでの力強さは若さの象徴です。
また成瀬が青山高校のOBであり、7歳年下のキヨシが現役高校生であることで、読者は成瀬が20代であると思ってしまいます。
ファッションスタイルも茶髪や迷彩柄のTシャツ、アロハシャツ、スポーツサンダルといった若者らしいアイテムで構成されていて、総合的に若者のイメージを醸し出しています。
久高愛子
お嬢様学校出身という設定は、キヨシが高校生で愛子が好きという情報と合わせ、彼女も若い女性であると思わせています。
そして夫である隆一郎を「おじいさん」と呼んでいることで、隆一郎の孫だと考えてしまいます。
時田綾乃
無職になったという描写が、最近の出来事であるかのように感じさせます。
美波(孫)と一緒にジャニーズの運動会に行くことも、綾乃自身が若い友人としての行動をしているように見せかけていますね。
見抜けるかどうかのポイント
わかってからなら確かにそうとも取れるなーという描写はたくさんありました。
実際読んでたときに違和感を感じた記憶はあるんですが、高齢者だというところまでは気付きませんでした。
こちらも一例になりますがご紹介します。
成瀬将虎
高校生であるはずのキヨシを飲みに誘う場面。成瀬はやんちゃそうだけど基本的に高校生に対しては考えられない行動です。
他にも例えば、成瀬が口走った「多羅尾伴内」は1940年代〜60年代の古いミステリ映画シリーズです。若い世代からサッと出てくるワードとしては古すぎます。
「そんなに早く歳を取らせて死なせたいか」というセリフは、年齢を意識する高齢者ならではの反応ですし、「俺のことを外見で判断してるだろう」という発言は、外見と実年齢のギャップを意識していることを示唆しています。
芹澤清
キヨシは成瀬にタメ口を使っています。
7歳年上の高校のOBに対しては通常敬語を使うことが多いと思いますが、実際は高齢者となり、もはや同年代として接していることが伺えます。
久高愛子
補遺でも書かれていた通り、孫ができると息子や娘のことを「おとうさん」「おかあさん」と呼びがちです。
漢字ではなくひらがななのも意識的な表記でしょうか。
一人二役の叙述トリック
この作品のもう一つのポイントは、麻宮さくらと古屋節子を別人物として描く叙述トリックが仕掛けられていたことです。
現代のパートでは成瀬の目線で記述されているので、読者も自然とさくらはさくらとして認識するように導かれましたね。
物語のこの部分では、節子とさくらが同一人物であることへの直接的なヒントはほとんど与えられません。
さくらが言っていたことも結構嘘がありました。
一方、古屋節子の過去を描くパートでは、彼女が蓬萊倶楽部の手先として働かされる様子が詳細に描かれます。
このパートでも外見的特徴など両者を結びつける描写はほとんどなく、繋がりを推測するのは難しいんじゃないかと思います。
まぁメタ的に節子が現代パートに繋がってくるとしたらさくらくらいか・・とも考えられるのですが、ヤクザパートがほぼ独立した話だったので、同じような感じかなとも思っちゃいます。
どこかで誰でもいいので高齢者だと確信が持てれば、芋づる式に全体像を見抜けたかもしれません。
もう一つの一人二役
さくら(節子)が成瀬を安藤士郎だと勘違いしていたことも、読者としては驚きのシーンでした。
さくら(節子)の自殺を助けた時、成瀬は駅員に安藤と名乗り、元安藤の携帯電話(ケータイ2号)の番号を伝えていました。
成瀬と連絡を取るため駅員から連絡先と名前を聞いたさくら(節子)は、以来ずっと成瀬を安藤だと思っていて、成瀬も安藤のことを話せば犯罪者であることを明かすことになるため、訂正はしていませんでした。
さくら(節子)は成瀬のことを終始「あなた」と呼んでいて名前で呼んでいませんでしたね。
交際している間柄なら呼ぶ機会もありそうですけどね。
タイトルの回収と感想まとめ
桜は花が咲く時期に注目され、葉が茂る時期は見過ごされがちです。
成瀬は桜の木が花が散った後も生き続け、紅葉することを語ります。
これは人生の華やかな時期だけでなく、目立たない時期にも美しさがあること、そして年を取っても価値があるということを言っています。
成瀬が節子に「最近、桜の木を見たことがあるか?」と尋ねる場面は、彼女の人生と桜の木の比喩を結びつけ、桜が紅葉することを知らない人々の無知を指摘し、節子自身がその一人であること伝えています。
節子は罪を償った後に人生を立て直す苦労や残りの寿命を悲観し自首を躊躇しますが、高齢になった現在やその先、変化する季節の中で常に大切な人を思い続ける心情を表しているのだと思います。
この物語のタイトルとラストシーンは、年齢や時間の流れによって変わる人生の価値を見つめ直し、あらゆる瞬間に意義を見出すことの重要性を訴えています。
自分自身の人生を振り、これからの人生をどのように生きるかを考える機会を提供してくれた作品でした。
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