『殺戮にいたる病』は我孫子武丸さんによるミステリー小説で、日本のミステリー文学界に衝撃を与えた作品です。
物語は猟奇的な連続殺人事件を描きつつ、その背後に隠された人物関係や心理描写を巧みに描き出します。
本作の最大の特徴は、緻密に仕組まれた叙述トリックです。
登場人物の正体を誤認し、物語の真相に辿り着くまで騙され続けるという、再読必至の内容となっています。
この記事では、叙述トリック周りの伏線を中心に解説しています。
もう一度読むのが面倒な人は参考にどうぞ。
ご注意:
この記事は作品の詳細な内容を含んでおり、重要なプロットのポイントや物語の結末について言及しています。未読の方はくれぐれもご注意ください。
『殺戮にいたる病』主な登場人物
- 蒲生 稔 (がもう みのる)
- 物語の中心人物であり、計6件の殺人と1件の未遂事件で逮捕される。幼少期から自分が他人と異なることを自覚しており、その異常性が次第に表面化。母親に似た端正な顔立ちでやや女性的なところがあり、これがかえって女性たちの警戒心を解く要因となっている。
- 物語の中心人物であり、計6件の殺人と1件の未遂事件で逮捕される。幼少期から自分が他人と異なることを自覚しており、その異常性が次第に表面化。母親に似た端正な顔立ちでやや女性的なところがあり、これがかえって女性たちの警戒心を解く要因となっている。
- 蒲生 雅子 (がもう まさこ)
- 家庭に対して強い責任感を持ち、子供たちに対して深い愛情を注いでいる。息子の行動を不審に感じ、連続殺人事件との関連を疑っていた。
- 家庭に対して強い責任感を持ち、子供たちに対して深い愛情を注いでいる。息子の行動を不審に感じ、連続殺人事件との関連を疑っていた。
- 樋口 武雄 (ひぐち たけお)
- 元刑事。妻、美絵を亡くし、その喪失感と孤独感に苛まれている。美絵の入院中に知り合った島木敏子が殺され、敏子の妹のかおるとともに事件解決に動く。
- 元刑事。妻、美絵を亡くし、その喪失感と孤独感に苛まれている。美絵の入院中に知り合った島木敏子が殺され、敏子の妹のかおるとともに事件解決に動く。
巧妙に仕組まれた叙述トリックとミスリード

『殺戮にいたる病』の最大の魅力の一つは、巧妙に仕掛けられた叙述トリックにあります。
「稔」に関して抱く誤解が、最終的に物語を大きく動かしました。
物語の大部分を通じて、読者は以下のような家族関係を信じ込まされます。
■■読者の認識■■
祖母: ?
父: ?
母: 雅子
息子: 稔
娘: 愛
■■実際の間柄■■
母: 容子
夫: 稔(大学助教授、43歳)
妻: 雅子
息子: 信一(大学生、20歳)
娘: 愛
ビデオテープ、セロファン、アルコール、母に対する態度など、稔と信一の描写で細かい共通点は色々あって、全体を通してうまく騙していたなーと思います。
同じタイミングで語られる3人のエピソードの時系列がずれているのも、この仕掛けをわかりにくくしていました。
雅子パートの「自分の息子」という描写
まず物語の冒頭で、雅子が「自分の息子が犯罪者かもしれない」と疑い始めるシーンがあります。
この「息子」という言葉により、読者は無意識にその息子が物語中で語られる「稔」だと思い込んでしまいます。
しかし、実際に雅子が疑っていたのは、夫の稔ではなく、息子の信一でした。
その後、稔の視点で「稔が初めて人を殺した」というシーンが描かれ、この一連の流れによって、読者は雅子が言う「息子」が、稔であると錯覚します。
このミスリードが、物語全体の叙述トリックの肝となっています。
稔が自分の車を持っているという描写
「稔は自分の車を所有している」というシーンがあります。
都心に住む大学生が自分の車を持っているのは少し珍しいとも感じられますし、大学生にしてはかなり羽振りの良い描写もあります。
ただその理由として「息子に充分すぎるほどの小遣いを与えている」という説明があり、単純に裕福な家庭なのだろうと解釈してしまうところです。
しかし蒲生家の車はカローラしか出てこなく、裕福そうな家庭に息子の車1台というのは違和感が残ります。
母が「稔さん」と呼びかける場面
母が稔に対して「稔さん」と呼びかけ、大学に行かない理由を尋ねる場面。
読者はこの「母」を雅子だと思い込むように誘導されますが、実際には稔の母親である容子のことです。
「稔さん」という呼び方もここでしか出てこないので、このやり取りは違和感ポイントです。
そして稔が授業を休むのに「休講」という言葉を使った点。
休講というのは、教師が休むときに使う言葉です。
学生でも「今日休講だねー」みたいに言うのは自然だと思いますが、「休講にしてもかまわない」というのはやはり教授側が使うセリフですね。
実は稔が大学側の教員であることが示唆されていました。
オジン、オジサン
稔が大学生であると思っている読者にとって、3、4歳くらいしか違わないはずの加納えりかから「オジン」呼ばわりされるのは不自然に感じられます。
このあたりは江藤佐智子や島木敏子で年齢をごまかす描写もあるので、意外とスルーしてしまうところです。
なにより加納えりかのキャラ的に、この年の差でもオジサン呼ばわりしそうな印象があります。
目撃情報
「中肉中背の30前後の男性」、「30くらいのふけた学生」という目撃情報があります。
20そこそこの大学生を表した表現としては不自然ですが、時間経過による記憶の補正や服装、状況的な先入観などを考えると、このような証言になることはあるかもしれません。
作品的にはやっぱりヒントの意味合いが強いのかなと思います。
ピンサロのキャッチが「社長!」と言っていたのもそうですね。
『殺戮にいたる病』ネタバレ感想
実はこの作品、前から読もう読もうと思いながら、少し敬遠していました。理由は言わずもがな。
でも読み終わってみればやっぱり読んで良かったですね。
最後の驚きは勿論、全体としてよくできるなーと感じました。
段々と3人の時系列が近づいてくるのも緊張感があってよかったです。
個人的に殺人シーンのグロさは大丈夫でしたが、その後持ち帰ったモノを使ってやっていたことが気色悪くてしょうがなかったです。
稔と同等、それ以上のことをやってしまう人もいるんだろうと思うと本当に人間が怖い。
『殺戮にいたる病』といえばエログロもさることながら、やはり叙述トリックですね。
私は最後までわかりませんでした。
よくよく振り返ってみると違和感は多いんですが、雰囲気や構造、キャラクターなどを駆使してうまく隠していたように思います。
深読みすると余計に騙されてしまいますね。
今は若々しい40代も多い気がしますが、90年代の作品ということで、当時の43歳と言うともうそれなりに老け込み始めているイメージはあります。
蒲生稔は目撃情報で大体30歳前後、ふけた学生と言われているので、やはり清潔感があってイケメンなんでしょうね。
精神的に未熟で幼いという意味の表現でもあったんでしょうか。
総じて、これはちょっと忘れられない作品の一つになりました。
色んな人に勧めてみようと思います。
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