『十角館の殺人』はただのミステリー小説というでなく、新本格ミステリを牽引した代表作として時代の息吹を感じさせる作品でもあります。
リリース当時はまだ珍しかった叙述トリックを巧みに用いた作品構成は、数十年たった今でも色褪せず高い評価を得ています。
ご注意:
この記事は作品の詳細な内容を含んでおり、重要なプロットのポイントや物語の結末について言及しています。未読の方はくれぐれもご注意ください。
『十角館の殺人』ネタバレ読後感想
『十角館の殺人』。今回は再読(2回目)した感想です。
それなりに内容は覚えていましたが、何度読んでも面白い作品でした。
特に守須とヴァンが同一人物であるという叙述トリックは巧妙で、細やかな言動がいちいち怪しく映るものの、これはわからんなーと。
やはり印象に残ったのはあの衝撃の一行ですね。
初めて読んだときは島にいる人間が本土にいるはずないという思い込みから状況がちゃんと呑み込めず、「ヴァン・ダインです。」って言われても、島とは別にヴァンがいるのか?とか結構ハテナハテナ状態で先を読み進めたのを覚えています。
その印象が強いせいか、千織のこととかラストの描写とか結構忘れていました。
他の人の感想でもよく言われるうに、確かに動機や結末は気になる点ではありました。
この作品に限りませんが、80年代の雰囲気が色濃く反映されている点も面白い点です。
煙草が当時の日常風景であったことを考えると、今とは大きく異なる風俗が感じられますね。
80年代くらいであれば男性はほとんどの人が吸っていたとかいないとか。
電車やら公共の場でも吸えたというのも今では絶対考えられないです。
古臭さを感じる人もいれば、それが逆に魅力となる人もいます。
個人的には作品が持つ時代の香りを感じ取ることが、読書をより豊かなものにしてくれると思っています。
『十角館の殺人』に影響を与えたアガサ・クリスティなどもっと昔の作品と比べればまだ年数は浅いですが、日本のミステリー文学として50年後、100年後にどういう扱いになっているのか気になりますね。
連続殺人事件の詳細
| 犠牲者 | 時期 | 死因 |
| オルツィ | 三日目 | 絞殺 |
| カー | 三日目 | 毒殺 |
| アガサ | 五日目 | 毒殺 |
| ルルウ | 五日目 | 撲殺 |
| ポウ | 五日目 | 毒殺 |
| エラリイ | 五日目 | 焼殺 |
オルツィ殺害事件
発見日時
1986年3月28日(金) 三日目 午後近く
状況
午後近く、アガサがオルツィの部屋のドアに「第一の被害者」と書かれたプレートを発見し悲鳴を上げる。
カーが最初に駆けつけ、その後他のメンバーが集まる。ポウが部屋に入り、オルツィの絞殺死体を確認。
ポウは他のメンバーに部屋への立ち入りを禁じ、鍵をかける。
カーはグループ内で犯人を見つけるべきと主張するが、ポウは警察に任せることを提案。
六人はホールでオルツィの死について話し合うが犯人特定には至らない。
ポウによる報告で、オルツィは首を絞められ左手首から先が切り取られていたことが判明。
死体は整然としていた。
犯行手口
マスターキーを使用してオルツィの部屋に侵入。無音で行動しオルツィが気づかないよう紐で首を絞めた。
指輪が外れないため、オルツィの左手首を切断。
これにより指輪を回収し、同時に「左手を切り取る」という行為で昨年の事件を彷彿とさせた。
窓の掛金を外しドアの鍵を開けて侵入者の存在を偽装し、部屋に「第一の被害者」と記されたプレートを貼った。
守須(ヴァン)はオルツィに情けをかけ、早期に彼女を殺害することで、後の混乱と恐怖を彼女に感じさせないように決意した。
オルツィと千織は親しく、オルツィは千織の殺害には直接加担していないと守須は考えた。
また、千織との特別な思い出を象徴する指輪が、オルツィの手にあったことも重要な要因。
おそらく形見として譲り受けたであろうこの指輪には守須と千織のイニシャルが刻まれていた。
そうであればで高い確率で動機や犯人の正体に至るだろうことを懸念した。
カー殺害事件
発見日時
1986年3月28日(金) 三日目 夕食後
発見状況
カーは夕食後に十角形のテーブルで異常な様子を見せ、床に倒れた。
アガサ用意したコーヒーを飲んだカーは重い痙攣を起こし、茶色い吐物を吐き出した。
ポウが毒物による中毒を疑い、周囲は混乱。しかし具体的な対応策はなく、カーは午前2時半に亡くなった。
エラリイと他のメンバーは、カーの死因や毒物の種類について議論。毒を淹れた犯人については、決定的な証拠がないため確定できず。
死因は毒物による中毒死。
犯行の手口
守須(ヴァン)は、カーの毒殺には亜砒酸を用いた。
事前に十一角形のカップに亜砒酸を塗り付け、夕食前に他のカップとすり替えておいた。
このカップには無臭の亜砒酸が塗られており、被害者が毒を摂取すると即座に症状が現れるように計画されていた。
この方法で、カーがランダムにその毒入りカップを選んだことにより、彼の命を奪うことに成功した。
カーの死後、守須は彼の部屋に忍び込み、死体の左手首を切断して事件の「見立て」を演出した。
これにより、事件の一貫性を保ち、前回のオルツィの事件との関連性を強化するとともに、彼自身が犯人であることを隠蔽した。
守須は冷静かつ大胆に動き、復讐の計画を着実に進めていた。
アガサ殺害事件
発見日時
1986年3月30日(日) 五日目 午前十時
状況
起床したヴァンが洗面所でアガサの遺体を発見。ショックを受けてポウの部屋へ通報。
ポウが洗面所でアガサの遺体を確認し、エラリイに助けを求める。
アガサの死因は青酸による毒殺と判明。
犯行の手口
守須(ヴァン)は二日目の午後に青酸をアガサの口紅に塗り付けていた。
部屋には彼女の化粧品があり、その中から一本の口紅を選んで青酸を仕込んだ。
ただし急いで行ったために一本の口紅にしか毒を施すことができなかったため、事件の発生は予想以上に遅れた。

ルルウ殺害事件
発見日時
1986年3月30日(日) 五日目 アガサの遺体を発見後
状況
アガサの遺体を部屋に運ぼうとしているとき、ルルウの部屋のドアに赤い文字のプレートが貼られていた。
鍵がかかっており、窓を破壊して部屋に入るがルルウはいない。
ルルウを探しに行ったエラリイが青屋敷跡の辺りでルルウの死体を発見。
ルルウは頭を殴られ死亡しており、ポウが死後5~6時間が経過していると推測。
犯行の手口
五日目の早朝、守須(ヴァン)は本土から戻ってきてボートを片づけにかかろうとしている姿をルルウに目撃される。
ルルウは恐怖で逃げようとするが、ヴァンが投げた石により後頭部を強打し倒れる。
ヴァンは追いつき、転がった石でさらにルルウを殴打し殺害。
その後、ルルウの部屋に「第三の被害者」と書かれたプレートを貼る。
アリバイ強化のために本来予定になかった本土との行き来が招いた予期せぬ出来事だった
ポウ殺害事件
発見日時
1986年3月30日(日) 五日目 ルルウの遺体を発見後
状況
エラリイ、ポウ、ヴァンが事件について議論中、突然ポウが異様な声を上げて床に倒れる。痙攣の後、静かに息を引き取る。
エラリイとヴァンはポウの死に衝撃を受けその場に呆然と立ち尽くす。
エラリイ、ポウの死が中村青司による青酸カリ入りの煙草によるものだと推測。
犯行の手口
ヴァン(守須)はポウに使うつもりで青酸カリを仕込んだラーク煙草を準備していた。
エラリイが煙草を切らした際、ポウが煙草入れを回すタイミングで、ヴァンは機転を利かせて煙草をすり替えた。
ヴァン自身が一本を欲しいと言い出し、テーブルの下で毒入り煙草を煙草入れに仕込み、煙草入れをポウに返した。
そしてヘヴィースモーカーのポウが煙草を吸うのを待った。
もし毒入り煙草がエラリイに渡ってしまっても、どちらかが死ねばそれでよかったという考えだった。
結果的にポウが毒入り煙草を吸い、命を落とした。
エラリイ殺害事件
発見日時
1986年3月31日(月)
状況
全焼した十角館の焼け跡から他のメンバーとともに焼死体で発見される。
火災の発生源はエラリイの焼死体が見つかった場所の近くと推測され、
現場の状況から自殺もしくは他殺の可能性が示唆される。
事件はエラリイ(松浦純也)が殺人を犯し、最終的に焼身自殺を図ったという結論で落ち着きそうだ。
犯行の手口
ポウ死亡後、十角館の隠し部屋で白骨死体発見後、二人はホールに戻る。
エラリイに睡眠薬を飲ませて眠らせた後、ヴァンはエラリイを別の部屋に運び、「焼身自殺」を偽装する準備をする。
灯油とプロパンボンベを使用して火を放ち、エラリイを含めた十角館の全員が死亡したかのように見せかける。
エラリイが目覚める気配を見せたが既に火災は発生しており、ヴァンは逃走。
人物誤認の叙述トリック

「十角館の殺人」において読者を驚かせる最大のトリックは、犯人である守須(ヴァン)の人物誤認の叙述です。
守須とヴァンが同一人物であるという事実は最後までうまく隠され、最終的な明かされ方はまさに驚愕の瞬間でした。
クローズドサークルの島にいる人間が本土にいると思うわけもなく、それだけでも十分に騙されてしまいますが、その他にも何点か守須とヴァンを遠ざける仕掛けがあります。
犯人のアリバイの作成
守須は島と本土を行き来することで完璧なアリバイを作ります。
守須はあらかじめ複数の磨崖仏の絵を用意していました。
木炭デッサンの上に薄く彩色した段階のもの、さらにナイフで全体に色を重ねた段階のもの、そして完成段階のもの。
ゴムボートで本土に戻った際にはそれを順番に江南に見せ、絵を描くことに時間を使っていたかのように見せかけました。
名前の魔術
物語の中で使用される渾名は欧米のミステリ作家の名前から来ています。
本土での守須は江南との関りが多く、江南が「コナン・ドイル」に対して、守須(もりす)はモーリス・ルブランに由来する渾名だろうと推測してしまいます。
海外ミステリに詳しい人ほど騙されてしまいますね。
リアルな反応の表現
守須はアガサの死体を発見した際、リアルな驚きと慌て方をします。
これは彼が犯人でないかのように感じさせ、さらに読者の疑念をかき乱します。
実際には彼が口紅に塗った毒がいつ発動するか予測できなかったため、本当に驚いていたのでしょう。
私の場合はこれでヴァン=犯人の線が薄くなったのを覚えています。
犯人のミスリード
物語では中村紅次郎を疑わせる情報も提示されます。
彼が千織の実の父親であったり、事件前夜に居留守を使っていたことなど、いかに犯人っぽい動機や行動が揃っていました。
島田も紅次郎が犯人ではないかと推理しています。中村青司犯人説もありましたね。
守須=ヴァンの伏線やヒント
読後に振り返ってみると糸口を探し出すことはできますが、
やはり守須とヴァンを繋げるヒントは少なく、ちゃんと見破るのは困難だと思います。
初見で完璧に犯人を特定できた人はいるんですかねー。
煙草の銘柄が共通
物語の中では、守須もヴァンもセブンスターを好んで吸うという共通点があります。
これは両者が同一人物である可能性を示唆する細やかなヒントですが、
他のメンバーもタバコ吸いまくるし、江南もセブンスターを吸っていて守須やヴァンが特に目立つわけではないので、
やっぱり読んでる最中にそれを強く結びつけるのは難しそうです。
紅茶をガブ飲みするシーン
守須は自ら脱水症状を起こして体調を悪くし、島で姿が見えなくても不自然じゃない状況を演出して本土へ戻る時間を作っていました。
本土の二日目に守須が紅茶を四杯もガブ飲みしていたのは、アリバイ工作を終了し、水分補給して体調回復に努めていたからでした。
紅茶を飲む行為自体が日常的ですし、長い会話をしている状況であればあからさまに不自然でもない気がしますが、振り返ってみると謎解きの重要なピースとなっています。
角島への先行到着
守須が他のメンバーよりも先に角島に到着していた点も、彼が犯行のための準備をしていた可能性を示唆しています。
角島に先に来ていれば、不在時のアリバイ作りや犯行のための仕込みを行うことができます。
元ネタ人物紹介
バロネス・エムスカ・オルツィ
ハンガリー出身の作家で、『紅はこべ』シリーズや「隅の老人」シリーズで知られています。
1865年に生まれ、音楽家たちとの親交が芸術への情熱を育みました。
彼女の作品は、歴史ロマンスと安楽椅子探偵のジャンルに革新をもたらし、女性探偵キャラクターの先駆者としても評価されています。
エラリー・クイーン
アメリカの推理作家デュオで、物語の名探偵としても同名を使用しました。
フレデリック・ダネイとマンフレッド・ベニントン・リーがペンネームとして活用し、緻密なプロットと文才の融合によりミステリー界に独特の足跡を残しました。
代表作には国名シリーズの『ギリシア館の謎』やレーン四部作の『Xの悲劇』があります。
ジョン・ディクスン・カー
アメリカの本格推理作家。密室殺人の第一人者として知られ、代表作には「密室講義」で有名な『三つの棺』や『火刑法廷』、『ユダの窓』があります。
ガストン・ルルー
1907年に『黄色い部屋の秘密』を発表し、密室殺人の古典的傑作として名を馳せたフランスの小説家です。
1910年には『オペラ座の怪人』を執筆し、幻想的な作品としても高く評価されています。
エドガー・アラン・ポウ
1809年から1849年にかけて活躍したアメリカの小説家、詩人です。
近代推理小説の創始者として知られ、「モルグ街の殺人」でディテクティブ・フィクションの原型を確立しました。
彼の作品は、ゴシック小説の範疇にあり、「アッシャー家の崩壊」や「黒猫」などの作品で恐怖を巧みに描き出しています。
アガサ・クリスティ
1890年から1976年まで活躍したイギリスの推理小説家です。
「ミステリーの女王」と称され、エルキュール・ポアロやミス・マープルを生み出しました。
『そして誰もいなくなった』や『オリエント急行の殺人』などの作品は世界的なベストセラーです。
S・S・ヴァン・ダイン
1888年生まれのアメリカ推理作家で、名探偵ファイロ・ヴァンスを生み出しました。
1926年にデビュー作『ベンスン殺人事件』が評判となり、その後12作の長編推理小説を発表。
特に前期の6作は高く評価され、『グリーン家殺人事件』や『僧正殺人事件』は代表作とされています。
アーサー・コナン・ドイル
1859年生まれのイギリスの作家で、「シャーロック・ホームズ」シリーズの作者として知られます。
ホームズシリーズは、探偵小説の基礎を築き、『緋色の研究』や『バスカヴィル家の犬』など多くの作品が世界的に愛されています。
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